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宇都宮地方裁判所 昭和30年(ワ)44号 判決

原告 中山市郎 外四名

被告 第百生命保険相互会社 外二名

主文

被告銭谷茂三被告高橋重夫は連帯して原告中山市郎に対し金十五万四百八十七円、原告中山イン中山キヌに対し各金十万円原告中山和子原告中山美智子に対し各金五万円及びいづれもそれ等に対する昭和三十年三月十三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告等その余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を原告等その余を被告銭谷茂三被告高橋重夫の負担とする。

この判決は原告等勝訴の部分につき原告等において被告銭谷茂三被告高橋重夫に対し夫れぞれ各金十万円の担保を供するときは夫れぞれ仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

第一、被告高橋重夫に対する請求について

(一)  被告高橋重夫が昭和三十年三月十二日午前零時三十分頃被告銭谷茂三等同乗し同人所有の普通乗用自動車を運転して宇都宮市野沢町地内日光街道を今市市方面に向い北進中、同町一八九番地先に差しかかつた際、同一方面に向つて前方を原動機付自転車に乗つて進行中の訴外中山皖市を追越そうとしてこれに衝突し、その為め同日午後三時三十分同市中戸祭町の国立栃木病院において死亡するに至つたことは当時者間に争はないのである。そこで成立に争ない甲第十一号証(起訴状)同第十二号証(実況見分調書)同第十三号証(写真)同第十四号証(高橋重夫供述調書)同第十五号証(半田宗吾供述調書)同第十七号証(診断書)同第十八号証(高橋重夫供述調書)同第十九号証(銭谷茂三供述調書)同第二十一号証(落合英雄供述調書)同第二十二号証の一(島村貞雄供述調書)証人落合英雄同島村貞雄の証言被告銭谷茂三本人被告高橋重夫本人訊問結果等を綜合すると、被告高橋重夫は自動車を運転し前記の如く日光街道今市市方面に向い進行したのであるが、五十米位前方に中山皖市の自転車を発見したのでこれを追越そうとしクラクシヨンを鳴らしたところ、先行自転車は道路右側に寄つたので追越せるものと軽信し速力を増し進行したところ、その距離十米位に接近したとき、先行自転車は急に左折し自己の進路に出たので被告高橋重夫は酷く狼狽して急停車の措置を取ることも忘れ、そのまま自動車の右側バンバー附近を先行自転車の前輪に激突せしめ、人体諸共に跳飛ばして自動車は道路左側の土堤に当り跳ね返つて反対側の土堤に突当り更に二段に跳ね返つて停車したが、中山皖市をして脳挫傷の傷害を与えて前記に如く同日午後三時三十分同市中戸祭町国立栃木病院において死亡するに至らしめたことが認定できる。元来自動車運転者は自動車を運転進行中先行自動車を追越そうとするときは先行自転車の進行状況を確認しつつ適宜クラクシヨンを吹鳴し後続自動車の進行を確知せしめて警戒を与えるは勿論、側面に避譲させたときは安全通過に充分の意を用い、且つ先行自転車の進路変更等によりこれと接触する危険を生じたときは何時でも有効に急停車し得るよう万全を期して進行し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、運転者被告高橋重夫はこの注意義務を怠り時速約四十五粁にて進行し単にクラクシヨンを吹鳴し、先行自転車が右側に避譲するや単純に追越可能と速断し速度を加増して先行自転車を追越すべく進行したところ、約十米に接近したとき、突如先行自転車が左折して自己の進路に出たのを見て、酷く狼狽し急停車の措置も忘れてそのまま驀進したのであつて、その時の狼狽振りは自動車の停車の模様からしても想像するに充分であるのである。従つて被告高橋重夫の事故に対する過失の責任は何人も否認し得ないところであると謂える。但し先行自転車に乗る被害者の中山皖市が後続自動車のクラクシヨン吹鳴によるものと思われるが、道路の左側に避譲しながら突如該自動車の進路に出たことは前認定の通りであつて、しかも急に何等の合図もなく進路に出たようでもあるので、このことは被害者中山皖市にも事故発生につき過失の責ありと為すのが相当であると解する。

(二)  次に右事故を原因とする損害につき考えると、

(イ)  前記中山皖市が蒙つた損害―原告等の中山家が田畑約二町歩を耕作する農家であつて、前記中山皖市が生前右農業経営を主宰していたもので、昭和二十九年度の所得金は二十八万五千三百五十五円で同人が死亡当時三十三年一月であることは成立に争ない甲第一号証の二(戸籍謄本)同第三号証(証明書)原告中山市郎本人原告中山キヌ本人訊問結果を綜合して認められ、死亡者の年令三十三歳のもの余命が三十五年(零点下切捨て)であることは厚生省の調査による第九回生命表により明かで死亡者中山皖市が前記事故がなかつたならば、前記農業により取得べかりし金額は余命を三十五年として計算するとホフマン式計算法により中間利息を控除して金三百二十六万八千百二十円となることは数理上明かである。しかしその全部が直に事故により中山皖市の蒙つた損害と為すことはできないので、前顕証拠により明かなように中山皖市の従来の生活の状況からして同人の余命の期間存命したとするその間の生活費は一応はこれを控除されねばならないものと解する。しかるにその生活費の内容項目は何等主張はなくその証拠資料も明白且つ充分でないので或は幾千幾万の計数は考えられるかも知れぬが、結局中山皖市の蒙つた損害はこれを確定することができないと云わざるを得ない。(相続関係の判断は省略する)

(ロ)  原告中山市郎の蒙つた損害―原告中山市郎が前記事故に際して入院料七百九十九円死亡診断書五十八円葬式費用四千八百円法要費等四万四千八百三十円合計金五万四百八十七円を出損したことは原告中山市郎本人の訊問結果成立に争ない甲第四号証の一、二(領収書)真正に成立したと認める甲第五乃至九号証(領収書)同第十号証の一(領収書)同号証の二(計算書)を綜合して認定できるが、これは前記事故に基き中山皖市の父である原告中山市郎がその支払を余儀なくされたもので同人が右事故により蒙つた損害と云わねばならない。

(ハ)  原告等全員の蒙つた慰藉料の損害―原告中山市郎原告中山インは前記中山皖市の親であり、原告中山キヌは同人の妻であり、原告中山和子原告中山美智子は子供であることは当事者間に争がないが、中山皖市が中山家の農業を主宰していたことは前認定の通りであるので、その親であり妻であり子供である原告等が同人の不慮の死に遭遇して極度の悲嘆に暮れるに至つたことは想像に難くない事柄に属し、その蒙つた精神上の苦痛は絶大なものがあるものと思料するのであるが、原告等及び被告の社会上の地位事故発生の事情過失の点等勘案して、これに対する慰藉料は原告中山市郎原告中山イン原告中山キヌは各金十五万円原告中山和子原告中山美智子は各金十万円が相当であると考える。

(三)  以上の次第であるので原告等の本訴請求は原告中山市郎は請求の範囲にて慰藉料金十万円及び実損害は(ロ)記載の金五万四百八十七円右合計金十五万四百八十七円、次に原告中山イン原告中山キヌは請求の範囲にて慰藉料各金十万円、原告中山和子原告中山美智子は同様に各金五万円及び夫れぞれそれ等に対する事故発生の翌日である昭和三十年三月十三日以降完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべく爾余(原告中山市郎の実損害の残り及び中山皖市の損害の相続によるもの全部)は失当として棄却されねばならない。

第二、被告銭谷茂三に対する請求について

(一)  被告高橋重夫が昭和三十年三月十二日午前零時三十分頃被告銭谷茂三等同乗し同人所有の普通乗用自動車を運転して原告等主張の道路を進行中先行の訴外中山皖市の自転車に右自動車を激突せしめて同人を死亡するに至らしめたことは前段認定の通りであり、被告高橋重夫は昭和二十九年十月頃被告銭谷茂三に自動車運転手として雇われ同人の自動車運転を為し来つたもので前記日時同人の乗車した前記自動車を運転し宇都宮市より今市市に向つたものであることは被告銭谷茂三の認めるところである。しからば前記事故は被告銭谷茂三の自動車運転上の事業執行につき同人の使用者たる被告高橋重夫が事故を惹起したものとなり、しかも被告高橋重夫において右事故に対し責任があることは前認定の通りであるので、被告銭谷茂三につき選任監督上の責任が問題となるのである。そこで被告銭谷茂三は選任監督上の責任を極力否認するが、事故発生原因に見られるような過失事情を惹起するような素質の運転者であることが発見若しくは予知できなかつたとしても、事故発生当時自から事故を惹起した自動車に始めより同乗していたのであつて、事故発生を未然に防止する措置は取り得た筈であると考えるに何等為すところのなかつたのであり、前記のような事故を惹起せしめた以上これに対しては監督の責を免れることはできないものと解するのである。

(二)  そこで原告等に対する損害賠償の額であるが、被告銭谷茂三の社会上の地位事故発生に対する立場及び、既に説明した諸般の事情をも斟酌して原告等に対する慰藉料は前同様原告中山市郎原告中山イン原告中山キヌは各金十五万円、原告中山和子原告中山美智子は各金十万円が相当である考え、原告中山市郎については前述したその実損害金五万四百八十七円をも賠償せねばならない。従つて原告等の本訴請求は原告等に対し第一の(三)記載の金員の支払を求める限度において正当として認容すべく唯この支払は被告高橋重夫と連帯支払の責任あるものと解するのであり、爾余の請求は失当として棄却される外はない。

第三、被告第百生命保険相互会社に対する請求について

(一)  被告高橋重夫が昭和三十年三月十二日午前零時三十分頃被告銭谷茂三等同乗し同人所有の普通乗用自動車を運転して原告等主張の道路を進行中先行の訴外中山皖市の自転車に右自動車を激突せしめて同人を死亡するに至らしめたことは前同様前段認定の通りである。ところが原告等は運転者の被告高橋重夫は被告会社の運転者であり、右自動車の運転は被告会社の用務の為めであると主張するのであるが、運転者の被告高橋茂夫が被告銭谷茂三の雇人であり、従つて被告会社の使用人でないことは既に前段認定の通りである。尤も右自動車の運転は被告銭谷茂三が被告会社の宇都宮支部長として被告会社の保険業務について為されたものであることは前顕証拠により認められるのであり被告銭谷茂三は被告会社の被用者たる立場にあるのではある。しかし前記事故は被告銭谷茂三自身の惹起したものでなく、被告会社とは直接関係ない被告高橋重夫の惹起したものであるから、前記事故に基く責任は被告会社の負う限りではないものと云わねばならない。しからば爾余の判断は一切省略して原告等の被告会社に対する損害賠償の請求は失当として棄却するの止むなき次第である。

第四、結論

以上説明の通りであるので原告等の請求は被告会社に対しては全部理由なく、被告銭谷茂三被告高橋重夫に対しては一部認容され一部は理由ないこととなつたので、訴訟費用は原告等及び被告銭谷茂三被告高橋重夫に按分負担せしめ、原告勝訴の部分については担保条件の仮執行宣言を相当と認めた。よつて主文の通り判決する。

(裁判官 岡村顕二)

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